前回は「情報崩壊を制圧せよ」というタイトルで、大手総合小売グループのEC専用センター立ち上げにおいて、想定の40倍となる約120パレットの在庫が突如流入し、TC前提で設計されたセンターが一瞬でDC化した”情報崩壊”の危機と、その乗り越え方についてお話しさせて頂きました。
今回からは、新たなシリーズとして「医療ロジスティクスという挑戦」をテーマに、全4回にわたってお届けします。
物流と医療。一見、交わることのない二つの領域のように思えるかもしれません。しかし、手術室の棚が欠品すれば手術が止まる。1,000万円を超える器械セットが、複数の病院を行き来しながらトレースされなければならない。「命に近い現場」で物流を止めてはならないというプレッシャーは、通常の物流現場とは次元が異なるものでした。
Vol.1となる本稿では、当社が初めて医療ロジスティクスの現場に踏み込んだ循環器系サプライチェーンの挑戦をお伝えします。構想通りにいかなかった現実、ヒューマンエラーという壁、そしてそこから生まれた次への気づきを、現場目線で振り返っていきます。
続くVol.2では構想が崩れた時に何を学んだか、Vol.3では異質なローナービジネスとの格闘、そしてVol.4ではその挑戦が生んだプロダクト「ReSCU」の誕生までを順にお届けする予定です。
その軌跡と挑戦を、ぜひご一読ください。
Prologue
「これを本当にやりきれるのだろうか」
初めてその現場に立った時、正直そう思った。
棚に並んでいるのは、段ボールでも食品でもない。カテーテル。ステント。1本20〜30万円以上する医療材料が、整然と棚に収められている。扉の向こう側では、今まさに患者の足の付け根からカテーテルを通す手術が行われている。モニターには、体内を進むカテーテルの状態がリアルタイムで映し出されている。医療従事者が、それぞれの持ち場で慎重に手技を進めており、カテ室内の空気は張り詰めていた。
物流の現場はこれまでもいくつも見てきた。だが、ここは違った。棚の商品が欠品すれば、手術が止まる。場合によっては、命に関わる。そのプレッシャーは、これまでの物流現場とは次元が違った。
これが、当社にとっての医療ロジスティクスとの出会いだった。
当社が描いた構想
なぜ当社が、医療の現場にいたのか。
きっかけは一つのシンプルな着想だった。
カテーテルなどの医療材料は、手術で使用するたびに補充が必要になる。その補充の流れは、当時こうなっていた。病院の看護師が使用したカテーテルの空箱を所定の場所に置き、ディーラーがそれを目視で確認し、メーカーへFAX等で使用報告を行い、メーカーから納品された補充品を病院へ届ける。
手間がかかる。コストもかかる。そして、ディーラーには対価としてマージンが支払われる。
「ここを、システムで変えられないか。」
当社が構想したのは、使用実績をデジタルでつなぐ仕組みだった。手術で使った医療材料のバーコードをスキャンする。その情報がリアルタイムでメーカーに送られ、自動的に補充指示が出る。ディーラーを介さずに、メーカーから病院へ直接補充が届く。
サプライチェーン全体のコスト効率が上がり、病院の調達コストが下がる。現場の手間も省ける。システムによってサプライチェーンを最適化する——構想としては、十分に筋が通っていた。
少なくとも、この時点では。
カテ室の棚卸
某病院グループとのプロジェクトが始まった当初、当社が担うのは循環器系の高額医療機器——カテーテルやステントといった製品の在庫管理と補充オペレーションだった。
仕組み自体はシンプルに見えた。カテ室の棚に一定数の製品を置いておく。使ったらバーコードを読む。その情報がシステムに飛び、補充が走る。いわゆる「定数管理」と呼ばれる方式だ。
しかし実際に現場に入ると、すぐに壁にぶつかった。
棚卸をしようとすると、手術が始まってしまう。緊急手術が入れば、棚卸は即中止。そのまま待機するしかない。物品管理ができるのは、基本的に夕方以降。病院の都合が最優先であり、それは当然のことだ。
そして、もう一つの現実に直面する。
「ルール通りにやればいいじゃないか」——そう思っていた。使ったらバーコードを読む。それだけのことだ。しかし現実はそう単純ではなかった。
ヒューマンエラーは、必ず起きる
病院という現場では、常に想定外が起きる。
バーコードを読もうとした瞬間、急患が運ばれてくる。読み忘れたまま翌日になる。たった1日のズレが、定数を下回った状態を生み出す。それが続けば、補充のタイミングが狂う。
もちろん、看護師も確認する。担当ディーラーも確認する。二重三重のチェック体制はある。しかし9割以上はルール通りに動いていても、残りの1割が積み重なれば、現場は乱れていく。
「ルール通りにやらない現場がある」——これは批判ではない。
医者、看護師、ディーラー、臨床工学技士。それぞれの役割と優先順位が複雑に絡み合うカテ室では、物流のルールは常に後回しになり得る。そしてその環境は、病院によって全く異なる。
ここで重要なのは、これは医療現場に限った話ではないということだ。
今、多くの現場でDXが叫ばれ、AIの導入が進んでいる。「システムに任せれば解決する」「自動化すれば人的ミスはなくなる」——そう信じたくなる気持ちは分かる。しかし人が関与する限り、想定外は必ず起きる。緊急対応、判断の遅れ、コミュニケーションのズレ。AIがどれほど高度になっても、人間が動く現場には、人間ならではの例外が生まれ続ける。
当社はもともと、こう考えていた。「毎日ディーラーが現場に行って棚卸するのは非効率だ。システムで管理すれば、その手間は省ける。」その発想自体は間違っていなかった。しかし、現場の現実が追いついてこなかった。例外処理が発生することを前提に設計されていないオペレーションは、いずれ綻びを見せる。それが、この現場が教えてくれた最初の学びだった。
「定数を切らしてはいけない」というプレッシャー
カテーテル1本、20〜30万円。
金額の話だけではない。それが棚から消えた瞬間、手術ができなくなる可能性がある。命に関わる可能性がある。
一般的な物流現場では、欠品はクレームになる。しかし医療現場では、欠品が別の意味を持つ。その重さを、現場に立って初めて実感した。
「50〜100円のガムとは、わけが違う。」
在庫管理の精度に対する要求水準が、根本から違う。差異が生じることによるインパクトの大きさが、根本から違う。「なんとかなる」という感覚は、この現場では通用しない。
当社のメンバーはその緊張感の中で、日々オペレーションを回し続けた。やり切れるのか。継続できるのか。そんな不安を抱えながらも、「絶対に定数を切らさない」という責任感だけが、現場を動かしていた。
それは単なるプレッシャーではなく、医療ロジスティクスに携わる者としての矜持でもあった。どれほど高度なシステムがあっても、最後に現場を支えるのは、その責任感を持った人間だ。この確信は、その後の当社のオペレーション設計の根底に流れ続けることになる。
机上の論理が崩れた日
構想には、もう一つの誤算があった。
ディーラーを省くことで病院の購入価格が下がる——そのはずだったが、メーカー側にその価格を下げるインセンティブがない。システムによってコストを削減しても、その恩恵がどこにも還元されない構造になっていた。
さらに、バーコードを読むという「ひと手間」が、病院にとっては想定以上の負担だった。先述の通り、人が関与する限りヒューマンエラーは必ず起きる。緊急対応が頻発する手術室では、ルール通りの運用を徹底することは極めて難しい。その現実を、設計段階で十分に織り込めていなかった。
「机上ではこうなるはずだ」という仮説は、現場の複雑さの前に静かに崩れていった。
ビジネスモデルを設計する時、人はどうしても「うまくいく前提」で考えてしまう。特にシステムや技術が絡む構想は、合理性が高く見えるがゆえに、その落とし穴に気づきにくい。しかし現場は常に、机上の論理より複雑だ。
ピボット——ディーラーの重要性に気づく
失敗から学んだことは、大きく二つある。
一つは「例外処理を前提にした設計の重要性」だ。
どれほど精緻なシステムを構築しても、人が動く現場では想定外が起きる。AI時代においても、この原則は変わらない。人が関与するプロセスがある限り、例外は必ず発生する。利害関係者との調整、突発的な環境変化、避けられないヒューマンエラー——それらをすべて織り込んだオペレーション設計をしなければ、どれほど優れた仕組みも現場には定着しない。「ルール通りにやれば解決する」という発想は、医療現場では通用しなかった。そしてそれは、あらゆる現場に共通する真実でもある。
もう一つは「ディーラーの存在価値」の再発見だ。
当初、ディーラーが担う機能をシステムで代替できると考えていた。しかし現場を深く知るほど、ディーラーが果たしている役割の大きさが見えてきた。病院との信頼関係、日々の棚卸サポート、緊急時の対応——それは単なる中間業者の仕事ではなく、医療現場を支える不可欠な機能だった。システムや自動化が代替できるのは、あくまでルール通りに動く部分だけだ。その外側にある「人と人の関係性」や「現場の文脈を読む力」は、簡単には置き換えられない。
この気づきが、当社の方向性を大きく変えることになる。
「システムで代替する」から「ディーラーを支援する」へ。ディーラーの業務を深く理解し、ともに現場で汗を流し、システムで支える。そのピボットが、次なる展開への扉を開くことになる。
実際、当社がこの現場で構築したシステムや業務設計を、高く評価してくれるディーラーも現れ始めていた。「自分たちの作業が楽になる」「このシステムを使いたい」——そんな声が、次のステージへの手応えとなった。その話は、Vol.2でお伝えしたい。

