第1回 すべての道はローマに通ず – ローマ帝国の繁栄を支えた高度な社会インフラ

世界の歴史をロジスティクスの視点から読み解くと、なぜある国や地域、民族が発展し、ある国・地域・民族は短命に終わったのかなど、さまざまなことが見えてくる。第1回はローマ帝国。全盛期の道路網、水道、競技場、劇場、浴場などの社会インフラや制度から、大帝国の繁栄を可能にしたローマ的システムについて考える旅に出かけます。

目次

広大な領土に張り巡らされた高速道路網

みなさんはローマ帝国というと何を思い浮かべるでしょうか?
ヨーロッパから中東、北アフリカまで広がっていた広大な領土でしょうか?

 最盛期のローマ帝国は、今のイタリア、スペイン、フランス、イギリス、ギリシャ、クロアチア、セルビア、ブルガリア、ルーマニアなどのヨーロッパから、トルコ、イラク、シリア、レバノン、ヨルダン、イスラエルなどの中東、エジプト、リビア、チュニジア、アルジェリアなどの北アフリカを統治していました。
 そしてこれらの領土には、人はもちろん馬車や馬が高速で走ることができる、広くて堅固な石畳の道路網が張り巡らされていました。今で言う高速道路網のようなものです。
「すべての道はローマに通ず」という有名な言葉の通り、それらの道路網は首都ローマから領土の隅々までを結んでいました。
 道路の第一の役割は、軍隊を素早く移動させることでしたが、それ以外にもさまざまな人や物資がこの道路網を通って移動し、経済や文化の発展を支えていました。

現代人も驚く社会インフラの豊かさ

ローマ帝国が世界史の中でも特に興味を掻き立てるのは、領土の大きさだけでなく、そこで現代人が驚くような繁栄が実現されていたことです。
 ローマ帝国の豊かさは、古代史の中でも突出して多様かつハイレベルな社会インフラから窺い知ることができます。
 今のイタリア・ローマを訪れた人は、歴史にそれほど興味がない人でも、巨大なコロッセオつまり円形闘技場や、公会堂・神殿・議事堂・凱旋門などが集まる巨大都市の中心部フォロ・ロマーノ、皇帝たちの宮殿跡などを見学して、その壮大さに驚くでしょう。
 歴史好きな人なら、神々を祀った聖堂パンテオンや、今でも建物が集合住宅に使われているマルケルス劇場、今でも当時の石畳が残るローマ街道の第一号アッピア街道、カラカラ帝の大浴場跡、ローマ郊外に延々と続く水道橋なども見学するかもしれません。
 驚くのは2000年くらい前の建物や道路や水道橋などがほぼそのまま残っていたりすることです。巨大な構造物を支えるアーチ構造やコンクリートは、古代ローマの技術力の高さを実感させてくれます。
 大浴場は浴場のほかに、スチームサウナや水風呂があるだけでなく、トレーニングジムや体育館、図書館などもありました。つまり単なる入浴施設ではなく、スポーツ・文化施設も兼ねた総合レジャーセンターだったのです。
 こうした施設は皇帝や貴族だけでなく、一般のローマ市民も利用できました。この解放的な公共施設のあり方も、ローマの豊かさを物語るものと言えるでしょう。

チェーン展開されたローマ式インフラ

興味深いのは、これらの社会インフラを備えた都市が、首都ローマだけでなく帝国中に存在したことです。
 テレビの旅番組や歴史系の番組を観ていると、よく古代ローマの遺跡が登場します。保存状態がよく、世界遺産に指定されているイタリアやスペイン、南フランスの遺跡がよく取り上げられていますが、トルコなどの中東や北アフリカのリビア、アルジェリアなど、現在イスラム圏になっている国々にも、ローマの都市、闘技場・劇場などの壮麗な遺跡が残っています。
 ロンドンやパリのように中世から近代までさまざまな開発が行われ、ローマ時代の建造物が破壊された大都会でも、浴場跡や円形闘技場跡が発見されています。
 ローマの道は帝国中に張り巡らされ、各地に中継地点が設置され、人やモノ、情報・文化が行き来しました。ロジスティクスの拡大は経済社会、文化の発展を促し、中継地点は都市へと発展していきました。
 都市には首都ローマ同様、中心に行政の中心であるフォーラムが設けられ、周囲に公会堂や神殿、劇場、円形闘技場、馬車競走のサーキットが建設されました。
 発展した都市には地域の貴族・富裕層や知識階級、軍人が生まれ、その中から行政官や弁護士、軍事を担う人材などが育ちました。

郵便制度と教育制度

ローマ帝国の特徴は、建造物・施設など物理的な社会インフラだけでなく、社会の運営システムが、首都ローマを本部としたチェーンストアのように、全国展開されていたことです。
 道路網に関連して注目したいのは、国営の郵便制度があり、手紙やモノが配達されていたことです。国営であるということは、それらが確実に配送されることを国が保証していたということです。
 この保証によって、個人も行政機関などの組織も、安心して手紙や小包を送り合うことができました。
 ローマの道路網は国が建設し、保守することで、常に安全迅速な人の移動、モノの輸送、情報の伝達を保証していました。この物理的なインフラだけでなく、ローマ帝国は郵便制度によって、情報の伝達を保証していたわけです。
 また、ローマには今で言う小学校から中学校、高校にあたる公立の学校があり、ローマ市民の人材育成を行っていました。
 その上には、経済的にゆとりのある家の子弟が学ぶ私立学校があり、法律や社会制度、弁論術などを教えていました。これは政治家、行政官、弁護士などを育成する大学のようなものだったようです。
 また、若者の中にはプラトンやアリストテレスの時代から続くアテネのアカデミアや、当時最大の図書館と自然科学の研究機関を持つアレキサンドリアに留学する人たちもいました。
 ローマの高度に発達した社会制度や社会インフラは、これらの教育制度で育った人材がいたからこそ、実現できたと言ってもいいでしょう。

法によって運営されたローマ

また、多くの民族から成るローマの国家・社会は、多種多様な法律によって運営されていました。人や家、組織のもめごとは、裁判所に訴えることができ、高度な法律の知識を持つ弁護士によって争われ、裁判官によって判決が下されました。
 権力者が力によって支配するのではなく、法律によって公正な統治・社会運営が行われていたところに、ローマのレベルの高さがあると言えるでしょう。
 2000年前に物理的な社会インフラだけでなく、教育や司法、郵便などの公共サービスがあり、ハードとソフトを合わせた、システムとしての国家・社会が運営されていたところに、古代国家ローマ繁栄の秘密があると言えるかもしれません。

宗教と武力による支配から法・システムによる統治へ

ローマ帝国までの古代国家は、大雑把に言うと、王が武力と宗教的な権威という二つの力によって支配していました。
 武力に優れた王国は周辺諸国を侵略・征服しましたが、支配層の内紛などによる混乱で国力が弱体化したり、武力的にもっと強力な勢力が出てきたりすると、あっというまに征服されてしまいます。色々な国が侵略・征服を繰り返すのが、古代国家のあり方でした。
 これに対して、新しい国家のあり方を生み出したのが、地中海沿岸に多くの都市国家を建設したギリシャ人でした。
ギリシャ人は国家を拡張するのではなく、国力に余裕が生まれると、離れた場所に同じような都市国家を建設するというかたちで、地中海沿岸に広がりました。
ただ、ギリシャ人の都市国家の増殖スタイルは、本部があるチェーン展開ではなく、独立した店舗が増殖していく多店舗展開でした。
 ギリシャ都市国家群はゆるい連携を維持しながら、それぞれが独自の科学や文学、芸術を追求し、発展させましたが、都市国家どうしの対立・抗争、離合集散が絶えず起き、戦争によって国力を消耗させて衰退していきました。
 ローマは武力と宗教によって支配したオリエントの古代国家や、それより新しいギリシャ系都市国家の他店舗展開が行き詰まっているところに現れ、これらの国々を呑み込みながら、桁外れの大帝国を築き上げ、繁栄させたのですが、なぜ他の国々ではできなかったことが、ローマにはできたのでしょうか?
 ローマ帝国の壮大な領土と壮大なインフラ群を見れば見るほど、そうした疑問が湧いてきます。
その謎を解き明かす旅に、これから皆さんと出かけようと思います。

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この記事を書いた人

シーオス株式会社代表取締役社長。
1969年千葉県我孫子市生まれ。東京薬科大学薬学部卒業後薬剤師免許取得。1992年アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)入社、在籍時に医療流通の複雑さと将来性に気づき、2000年にシーオス創業。医療材料流通を皮切りに通信、小売、メーカーをはじめとする多業種のロジスティクスをデジタル化。日本ロジスティクス大賞など受賞歴多数。2005-2007年東京薬科大学理事、財務委員長。2008年-2010年東京薬科大学理事、財務委員長、IT 委員長を歴任。2016年12月「UXの時代」を英治出版より出版、Amazon、楽天で分野別ベストセラー1位となる。
2010年に立ち上げたトライアスロンのBtoC事業を2017年に分社化、セロトーレ株式会社(Traiathlon LUMINA) としてオーガニックな成長に導き、BtoB事業、BtoC事業双方の事業化を実現し現在に至る。
現:日本ロジスティクスシステム協会(JILS) 先端ロジスティクス研究センター副委員長。

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